6月29日月曜日8時14分、軽快なエンジン音の気動車に乗って、兵庫県朝来市は竹田駅に到着。改札を出ると、野村さんが待っていた。野村さんは私と同じく合気道凱風館の門人であり、今年の春から朝来市で農業の修業を始めている。軽トラに乗り込んで開口一番、野村さんは言う。「友人が仕掛けたワナに鹿が一匹捕まったらしい。見に行こう。」
野村さんの住居に一旦向かい、一足先に朝来入りしていた亀岡君を乗せて軽トラは現場へと急行。そこに先着していた吉原さんという男性と共に山の斜面に分け入る。この方は総務省のプロジェクト「地域おこし協力隊」で、鹿や猪の狩猟で生計を立てようとされている。そこにいたのは確かに野生の鹿だった。20㎏は超えているらしい。樹の幹に括り付けられたワナに足首がひっかかり、何とか遁走しようと四方にもがいている。吉原さんは鹿の正面に回り込み、鹿の胸を何回か槍で突いた。鹿は胸から血を流し、苦しげな鳴き声をあげて逃げようとするも次第に力尽きていく。やがてその場に横たわり動かなくなった。私は鹿の足首を持って吉原さんと一緒に車のある場所へと戻り、荷台に鹿の死体を載せた。動かなくなった小鹿はずっしりと重たかった。
野村さんと吉原さんの軽トラは、野村さんたちが農業上の「師匠」と仰ぐ岡村康平さん宅の裏庭へと向かった。そもそも野村さんが農業を始めるきっかけとなったのが、高校の同窓会での岡村さんとの再会だそうだ。化学肥料を一切用いない農法で「ありがとんぼ農園」を営んでいる。何とご自宅が岡村さん自身の手作りだそうで、ここに奥さんとお子さん四人とで暮らしている。
最寄りの小川で吉原さんが鹿の腹をナイフでかっさばいて臓物を取り出し、血抜きをした。それからナイフで吉原さんの指導の下、野村さんと亀岡君、私とで裏庭で鹿の解体作業に当たった。鹿の膝関節の下にに切れ目を入れて皮を剥ぐ。胴体と脚を切り分け、更に部位毎に肉をバラバラにして野村さん宅に持ち帰る。庭の水道でそれぞれの部位を洗って調理しやすいサイズに切りさばいていく。筋肉の付き具合にうまく添えると楽に包丁を入れることができる。見た目も不器用な自分が切った割には美しい。この作業はなかなか面白くて、はまってしまった。自分自身の身体もこうした筋肉が折り重なってできていることを想像して、実際の自分を表現する身体と、頭の中にある概念としての自分との隔たりを想った。解体した肉は塩麹漬けにしたり、クッキングペーパーに包んで冷蔵、冷凍保存したりした。